2011年06月14日

勇気野菜プロジェクトのチラシ、できました


 作らなければ、作らなければ・・・と思いながら、作ることのできなかったチラシが出来ました。
 うれしい!!!

 作ってくださったのは非暴力のメイリングリストの仲間Sさん。
 ありがとうございます。

 これで、堂々と? カンパのお願いや協力のお願いを広く呼びかけることができます。

 6月4日のエネシフトの集会でも配布いただき、とても感謝しています。

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yuuki.omote.pdf
yuuki.ura.pdf

 本日(6月8日)早速、印刷して配布準備をいたしました。


posted by 勇気野菜 at 23:25| Comment(0) | ご協力のお願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6/8~ 第4便の報告 写真のみ


 国道399号で飯舘から南相馬に向かう

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石巻の海岸








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posted by 勇気野菜 at 04:49| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

20110609 石巻からの報告  第4便


 スギです。

 石巻のことを少し報告しておきます。石巻は被害規模が大きかったこと、当初から県外ボランティアを受け入れ、石巻専修大学のキャンパスを開放したことにより、多くのボランティア、NGOが集結し活動しています。

 勇気野菜プロジェクトが関わっているのは、アウトドア系の複数の団体が共同で地区集会所を借りて活動ベースにしているグループ。

 活動内容は、炊き出し、瓦礫撤去、大工、マッサージ・施術、移送、子供関係、事務局(地元の若者がやっている)に大まかに別れているが、活動はシンクロしあっています。

 例えば、或る被災地区で青空カフェを始めたボランティアがいる。すると、何となく溜まり場的な空間が生まれ、茶飲み話の中から困り事(どこそこが壊れて使えない等)が色々出て来ます。そうしたニーズを朝のミーティングで報告しあい、情報を共有化した上でガテン系チームが応援に入ったり、炊き出しチームがデリバリーしたり、マッサージチームが出張したりという展開をして行きます。

 毎晩、専修大学キャンパスでは、石巻市で活動するボランティア、NPOの全体ミーティング(石巻復興連絡協議会だったかな?)が行われ、同様に情報が共有化されます。
 これにより、炊き出しがバッティングしたり等、特定の地区や避難所に支援が集中しないようにしています。

 また、泥だしチームから物資が届いていない家が有ると報告が上がれば、「応援に行けるグループある?」「うちら明日行けます」 といったやり取りがされます。
 全体ミーティングの後、炊き出しなど目的別に各分科会で細かい打ち合わせをして解散。

 市や社協の災害ボランティアセンターは個人ボランティアの受け入れ窓口、団体・グループは復興連絡協議会と棲み分けされています。 全国から色々な人、団体が集まって来ているのだから勿論、全て上手く行く訳でもないし、行き違いもあります。

 現地では、連休中ボランティアの受け入れを災害ボランティアセンターが一旦止めてから、「熱」が引いたと感じている人は多いです。 実際、今は連休中の半分以下。連休前より少なくなっています。
 2、3日前は全体の約1/4が外国人ボランティアだったそうな。 (ボランティアという形で宗教関係も結構入って来ているそうです。)

 でも、ピースボートと自衛隊が一緒に活動するなんて今までだったら考えられなかった様な事も起きていたりします。

 市の中心部では、支援の内容は避難所から仮設住宅への移行に伴い徐々に変わり始めていますが、半島の浜の方は、まだまだです。

 今日はテレ朝が取材に来てました。


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2011年06月08日

第4便、積込んで出発です


 6月7日夜。南相馬、福島への勇気野菜積込みの現場です。

 今回は古いセレナのワンボックス。キャベツ箱にして20箱が積載リミットと見当を付けて野菜を頼みました。

 キャベツ、キュウリ、ピーマン、トマト、玉ねぎ、じゃがいも、人参、レタス、ナス、長ねぎ、ごぼう、甘夏、バナナ、液体石鹸、頂いた白滝など。いずれも有機認証をうけた野菜や農薬不使用、低農薬の野菜です。


 あれ、入るかなあ・・・・
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 どんどん積んで行きます。
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 和光インテリアの岩本君も手伝い。あ、ここに1.5トントラックあるじゃない。今、思い出しました。いつか借りましょう。
 岩本君のような木工、大工技術があれば、被災地ではもてもて! と会話しながら。
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 おいおい、大丈夫か?
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 後部座席にも満載です。
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 今回の物資でほぼ10万円分。
 ご協力をお待ちしています!!!

 救援車両の申請をして高速代は無料となりますが、ガソリン代は往復2万円くらいでしょうか。
 経理的には、もうヤバイ状態、というのが正直なところです。
 現在の規模ですと、毎回12〜13万円が必要となる勘定です。

 生産者や間に入ってくれる流通の経済を圧迫しないことが、永く続けていくためには大切だと思います。


 今回の経路は、二本松の元八百屋仲間の家により、南相馬のさぽーとぴあ、丸森、石巻ボランティア支援ベース“絆(黄綱)”となります。
 杉浦は石巻で数日泥だしのボランティアをして来ます。


posted by 勇気野菜 at 23:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

福島、宮城弾丸ツアー報告


 福島、宮城弾丸ツアー報告です。

 帰って来てから、毎晩そのままの恰好で寝てしまい、間に合ってません。申し訳無いです。途中までのですが(3本ほど書いてます)、とりあえず送ります。  


 5月27日金曜深夜に八百屋チャンプールの高岡(Can)と野菜・要望のあった物資を積んで 東林間を出発。  

 28日(土)早朝、東北道二本松を降り南相馬へ。この間に高岡は「爺ちゃん」になる。今や チャンプールを支える高岡の息子、馨がパパになったのだ。一緒に八百屋を始めた頃を思い出し、流れた年月を思う。「あと6年早かったらなぁ…」と高岡のつぶやき。亡くなった連れ合い「こねこ」さんのこ とに思い馳せているのだろうか?  

            IMG_0902 (Small).jpg じじばかです


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二本松駅前駐車場                    二本松駅前植え込み

 南相馬へのルートはいくつかあるが、飯舘村経由で行くことにする。計画避難地域とされた日本一美しい村とも呼ばれる場所。

IMG_0885 (Small).jpg  早朝の役場。

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 村役場のある中心部で、空間線量は4マイクロシートベルト前後。草むらの地際では10マ イクロになる所もあるが、前回訪れた時よりも全体に若干ではあるが下がっている印象。  
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 本当に美しい長閑な風景が目の前に広がっている。 但し放射能さえ無ければ。 そして、牛の居ない牛舎、田植えのされない田んぼの畦に咲く色とりどりの花。
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そんな風景を車窓にやり過ごし、長泥地区へ。線量は上がり続け10マイクロシートベルトを超え、地際では20近くに達する。 依然として高い放射能レベル。ここともう一つの谷間が大量の放射能の通り道になったよ うだ。  
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62号線に入ってしまってから後悔したけど、後の祭り。未舗装の荒れた山道(一応県道なんだけど)を警告灯の付いた燃料計とガイガーカウンターの10とか12とかいう数字にビビりながら、何とか無事? に市街地に辿り着く。
 燃料を入れ、朝8時半に「ピーナッツ」に到着。応対に出たのは共作連(共同作業所全国 連絡会)から毎週交代で応援に来ている施設職員の方。お互い「誰?この人」という雰囲気の中、物資を降ろしていると、突然「あっ」と指さされ「哲ちゃんの…」という言葉に記憶の回路が繋がった。チャンプールで働いていたダウン症のスタッフ、哲ちゃんが習っている和太鼓の師匠の島田さんであった。お互い「何で此処に?」と、変な再会の挨拶。  

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 暫くして施設長の郡さんが来られ、法人代表の青田さんからピーナッツと南相馬30キロ圏 の状況について話を伺っていると、新たな来客が…。  
 やって来たのは旧「自給の邑」メンバーS君一行。10数年振りの再会。彼は大倉山で保 育園で働いており、職場の人達と一緒に、二本松のSさんを介して訪ねて来たそうな。まぁ、こんなことも有るのだよね。  



『耕す者の祈り』


 「はぁ…」というMさんの吐いたため息の先には2.5マイクロシートベルトと表示されたガイガーカウンター。

 Mさんが連れ合いと共に宮城・県南地域で自然農を始めて20年近くになる。空間線量は0.3マイクロシートベルト。

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 今回も二本松、飯舘、南相馬に立ち寄りながら此処に来たけれど、前回、前々回に比べ放射能は僅かではあるが、各地共徐々に下がって来ている。でもMさんの家の前の草むらで2.5マイクロシートベルト。国の基準値がどうとかではなく、Mさんは今年は野菜を作らないことに決めた。

 たくさんの思い、悩み、迷いがあったことと思う。この人は食べてくれる消費者のことを真剣に思って野菜を作ってきたのだ。
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 用意して下さったお昼ご飯を頂く。手作りのマヨネーズ、ジャム…パン。「野菜が無くてゴメンね。」「いや、大丈夫だよ」「ずっと野菜食べて無くて…」「そっかぁ〜」(そうなんだ…)知らなかった…。

 胸の中が悲しい気持ちでいっぱいになり、後から怒りが追いかけて来た。

 辺りを見渡せば、長閑な田園と里山の風景、道端に咲く花々。此処に来る前に立ち寄った飯舘村の美しい風景を思い出す。でも近づけば、牛のいない牛舎、耕作の放棄された田や畑。
IMG_0901 (Small).jpg Tさんちのにゃんこ。もう一匹いました。

 これから向かう石巻の炊き出しチームに持って行く野菜から、遠慮するMさんに少しだけ貰って頂くことにした。

 運んで来た野菜の半分は南相馬の原発30キロ圏で唯一活動している障害者施設『ピーナッツ』(彼らが地域支援センターの役割を果たしている)に置いて来た。

 今、出来ることを精一杯やらして貰っている。でも、たかだかこれだけ。たかだかこれだけでも必要とされている。だから、これからも車を走らせる。

 5月29日 宮城・県南 にてTさん(Mさんの連れ合い)、お体の具合は如何ですか?
 退院されて落ち着かれたら、また訪ねて行きたいです。



posted by 勇気野菜 at 09:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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