2011年05月21日

第1便、第2便の報告です


第1便

 4月20日、朝、野菜を持ってやってきてくれたスギさんと南相馬市に行ってきました。
 当初、ホームページ上で食材を集めていると書いてあった南相馬市ですが、実際、問い合わせたところ、受け付けていない、避難所も人が減っている、炊き出しもしていないとの話でした。
 仕方なく、郡山市の、「被災地障がい者支援センターふくしま」に連絡を入れたところ、南相馬市の「サポートセンターぴあ」に運んで下さいとのことでした。
 雨が降る中、私の仕事場である霊山里山がっこうに立ち寄り午後、一時過ぎに南相馬市のサポートセンターに到着。また、この日、飯館村で患者さんを診ていた橋本俊彦さんと合流し、キャベツ、長ネギ、ホウレンソウなどの有機野菜と須賀川にあった食材、日用品、おむつなどワゴン車一台分を渡しました。そこで、施設長の青田さんらにお話を伺ったところ意外な事実が判明しました。

 簡単に経緯を話すと、南相馬市は震災後、1万人の市民が残ったほかは避難したが長引く避難所生活に疲れたり仕事などさまざまな理由で人々が戻ってきて今は三万人ほどになっている。
 しかし、放射能の問題で自宅退避となっていて外での活動には制限があるし放射能がこわいので外から食料や生活物資が入ってこないなどの理由で店は開いてないし手に入らないそうです。そういった理由から再度、避難所に行く人が増え、一か所だった避難所が三か所に増えているとのことでした。炊き出しの話をしましたが、なぜか受け入れをせず、みなさんは温かい食べ物を求めているそうです。また、行政もあまり機能せず、市民の動きを把握できていない。サポートセンターも本来ならば活動できないのだが、自宅に戻った障害者のストレスがたまったりセンターに行きたがったりという事情から再開したのだそうです。そして、ここのセンターが利用者の世話をするだけではなく、利用者の家族への食材提供や、お年寄りや避難所に食べ物をもらいにいけない人に物を運んだり、入浴の世話をしたりと、南相馬市の福祉の分野のサポートセンター的な動きを担っているとのことでした。

 こういったお話のあと、快ネットの橋本さんが体への手当や足湯といったことのサポートについての受け入れについて尋ねたところ、それは大歓迎とのことでした。障害者へのリラックスのための動作法などをやると体がガチガチだった人がゆるんで寝たりとかとてもいい効果をあげているので、ぜひ、やって欲しいとのことでした。橋本さんは来週にも「サポートセンターぴあ」を尋ねて取りかかりたいとのこと。

 南相馬市には食材や日曜品が足りていません。また、市民のニーズを拾いつなげサポートする機能も弱いようです。心と体へのケアも必要です。お話の後、津波の現場を車で通り見ました。凄まじいものです。復興には遠く、福島は危機が続いています。

 杉浦さん、ありがとうございました。食材を下さった皆様、感謝いたします。福島の現
場にぜひ、足をお運びください。現場ならではの見えるものがあります。長くなりすみま
せんでした。
                                                   関 久雄

ぴーなっつの活動を紹介する毎日新聞の記事 20110420
http://ow.ly/4ZKox





第2便

 関です。快ネットに送ったメールですが送ります。私の近況です。
 快ネットの皆さま。いつもありがとうございます。

 昨日、10日は神奈川県から来た「勇気野菜プロジェクト」のスギさんと南相馬市の障害者団体に食材や生活物資を届けてきました。いまだに物資を届けなければならない状況が続いています。被災、失業、避難生活など生活の基盤が失われた多くの人たちが一時金も手にできずに避難所や支援物資に頼っている生活があります。店も少しずつ開いてきましたが、早く閉まり、働いている人は買い物に行けない人もいます。

 何よりも企業が立ち去ったり、ここにいては生活できないと仕事を求めて去る人もいて、しかも、原発のことがあり先が見えない状況で街全体が沈んでいる感じでした。全ては生活なのです。立ち去っても生活の保障があればいいのですが、ないとなれば避難所にいて支援を待つしかない状態が続いています。

 二本松、郡山、福島市といった通称、中通りでは高い放射能のレベルが続いていて、ここに住んでいていいのか、子どもの健康に不安を募らせる人がいます。
 一方で、県から派遣された山下教授らによる安全キャンペーンが貼られ、気にする人を、「神経質だ」とか、「ここにいるのが嫌なら他に移ればいいだろう」といったような感情的な対立も市民の間に生まれ、それは家族の中でもあって悩みの種になっています。風評被害を恐れ少しでも問題が無いように考えたいという感情もあります。

 市民運動のグループは子どもの安全を第一にし、国や県に20ミリシーベルト撤回を求め、また、学童疎開を求めていますが実施されません。去るも地獄、残るも地獄といった状況です。我が家でも子どもを避難させたいのですが、子どもが他にいくのは嫌だと泣いて抵抗します。私たちも生活の保障がない限り働かなければなりませんが、間もなく被ばくの限度を迎える時がきます。さて、どうするか。

 福島県ではいくつかの学校で放射線の高い表土をはぎとり保管する、「除染」が始まっています。最終処分地が決まっていませんが、具体的な一歩です。私が今、やっている活動の一つは物資を集めて届ける活動ですが、他には避難所や施設にいる人に手当てや音楽の慰問をすることです。ただ、具体的には始まってはいません。

 また、イベントを開いて募金や学習会を開いたりしています。皆さんもご承知の通り、福島にはボランティアは限られた所しか入っておらず、多くは宮城や岩手に向かっています。これは、具体的な支援要請の中身が作れていないからです。
 とにかく原発の問題が何重にも福島の復興を妨げています。

 そんな中、私がこれから取り組もうと思い立っていることは、人の体と大地の
「除染」です。津波の後に「泥だし」をするように「放射能出し」をすることで
す。中部大学の武田邦彦さんがブログで書いていたことで驚いたのと同時に、な
るほどと思ったのが、「福島を掃除する」ということでした。

 つまり、家庭から始まり、田畑、道、山など福島の汚染地の全てを掃除することです。土は表土を剥ぎ取り、草は抜きコンクリートはブラシで水洗いする。山の木は切って燃やしその灰から放射性物質を除去し、これらの土や草、灰は全て原発の敷地に置くという話でした。
 気の遠くなるような話ですが、福島の再生にはこれしかないと私は思いました。
 まず、自分の家の周りから始めることですね。そして、除染した土地にひまわりやナタネなどをまき放射能物質を取ること。これは長期に渡った仕事づくりになります。

 同時に、人に入った放射能を出し弱った体を立てなおすこと、これは快ネットの活動領域になるのではないでしょうか。そういった活動ができるように全国のボランティアや企業、行政に呼びかけコーディネートしていきたいというイメージです。

 ただ、問題は被ばくを注意しなければならないことです。、常に放射能をモニタリングするなどが必要ですが、おいそれと人が集まるかどうかはわからないことですが、ここ福島に住む人たちが「福島を再生するプロジェクト」を掲げ、本気でやりださないと人は支援に来ないように思います。

 私が働く「里山がっこう」に提案して不耕起の米作りをやることになりました。
 これは汚染された大地の復興プロジェクトの第一歩です。5月末に田植えしますが手伝いに来てください。
 具体的には、表面の土を取ってからの手植えです。講習会という形で参加費もいただく企画ですが、私の企画に参加し応援して下さるのも支援の一つです。

 また、夏は福島の子どもを佐渡に疎開キャンプさせようという企画もあり、これへの援助もお願いしたいです。長くなったのでこれで終わります。

 ありがとうございました。





 来週Canと福島、宮城に行ってきます。但し、25日辺りにCanが「爺じ」になりそう なので、微妙なタイミングだよね。

 今回も南相馬市、原発30キロ圏で唯一活動している障害者支援施設「ピーナッツ」に寄り
ます。

 前回の状況報告は二本松の関さんがしてくれているので、補足だけ。
 現在、南相馬市海岸沿いの空間線量は0.5位なので、止まった儘の経済活動は徐々に再開していくとは思いますが、少なくともそれまでは物資関係の支援は必要です。(但し、爆発で質量の重いプルトニウムやストロンチウムが降下している可能性があるので要注意との忠告をuさんから貰いました)
 また、彼らがサポートしている在宅障害者には避難所のような支援は届きにくいので、今後も彼らが拾い上げた声に応えて行けるよう、出来る限りのサポートをして行きたいと思っていますが、将来も活動して行けるのか先々の事は不透明です。
 ピーナッツのスタッフも目の前の事をこなすだけで精一杯です。

 矢張り全ては原発次第です。
 何ともやるせない、怒りとも悲しみとも付かない気持ちです。

 今回、チャンプールから借りたガイガーカウンターを持って移動しました。
 因みにチャンプールで0.1マイクロシートベルト、常磐道守谷PAで0.29、宇都宮0.5.、郡山0.6、安積0.8二本松1.0(友人宅の水溜まり7.7、雨樋の下9.9、飯舘村4.0、南相馬0.5、石巻0.1)でした。

 今度は、都合が付けば丸森町にも寄らせて貰えれば等と思っているのですが…。

 石巻報告の補足をまた書きますので、皆さん宜しくね。



posted by 勇気野菜 at 18:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

郵便振替口座ができました

ようやく郵便振替口座ができましたので、お知らせします。

口座番号
 00270-4-140491

加入者名
 勇気野菜プロジェクト



 ゆうちょ銀行の場合は
 〇五二(ゼロニキュウ)店 当座 0140491

   となります。

 よろしくお願いします。


posted by 勇気野菜 at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ご協力のお願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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